IR改造デジカメvsノーマルデジカメ

2004.10.22.

一般的なデジカメのIRCフィルタの透過特性。
Hαの波長は25%程度しか透過しない。
Hα輝線は、水素が発する波長656nmの光である。我々人間が感じることができる可視光は400〜700nmとされており、一応、Hαも可視光の一部だ。しかし、実際はHαの散光星雲を肉眼で見ることはまず無理だ。656nmでの感度はさほど高くはないからだ。

CCDは人間の目に見えない波長も受け取れるが、そうすると人間と同じ色味では写らなくなる。このため、市販デジカメのほとんどが620〜630nmより長い波長(=数値の大きな波長)をカットする「赤外カットフィルタ(通称IRCフィルタ)」が内蔵されている。これでは、656nmの赤い散光星雲は写らないか、もしくは写ってもごくわずかという状況になる。
よく“今までの機種よりHαの透過率を高めたので〜”といったくだりを見かけるが、元々20〜25%程度の透過率しかないのだ。5〜10%程度向上したくらいでは、たいした違いにはならないと思う。

そこで内蔵のIRCフィルタを取り外し、656nmの波長を通すIRCフィルタに換装するサービスを行う天文ショップもある。改造されたデジカメは、Hαの散光星雲が見事に写るようになる。

しかし、10万円以上もする製品の改造となれば、誰でも躊躇する。これからデジカメで天体写真を楽しもうと考えている方には、はたして改造するコストに見合う効果が得られるのか、スポイルされる機能はどのくらいなのか興味があるだろう。

自分が改造デジカメを使った経験からいうと、以下のデメリットが考えられる。

(1)カメラレンズがAFで合焦しなくなる。ファインダーを使っても合わない(MFでも×ということ)。
(2)ホワイトバランスが崩れるため、プリセット値(晴天、蛍光灯、日陰など)で正常な色にならない
(3)メーカー保証が受けられなくなる。機能の大部分がスポイルされる

(1)は内蔵のIRCフィルタを外し、天文ショップが用意した別のIRCフィルタを取り付ける。全く同じ厚みで全く同じ場所に取り付ければAFでのピントは出る。
しかし“全く同じ厚み”といっても、どの程度の公差まで許容するのかメーカーは公表していないため、同厚フィルタを作ったところで100%合うという保証はない。
ファインダーでピントを合わせても、CCD面ではピントが出ていない。この時点で一般撮影には使えないと見るべきだろう。

(2)はカラーバランスの崩れだ。デジカメにはホワイトバランスのプリセット値が入っている。昼光、日陰、蛍光灯、電球、…。こういったプリセット値は、標準のIRCフィルタを使った場合を想定している。天文用のIRCフィルタに換装すれば、赤が途端に強くなるため、プリセット値ではまっとうな色にならない。
対応策としては、マニュアルホワイトバランスがある。自分でホワイトバランスデータを作成すれば一般写真でも色は正常になる。
具体的には、昼光、日陰、蛍光灯、電球、…、それぞれの状況に合わせたホワイトバランスデータを作成し、それをメモリカードに保存しておく。そして光源に合ったホワイトバランスデータをその都度読み込み、撮影する。
撮れるには撮れるが、オートホワイトバランスが使えなくなる。気軽にスナップというわけにはいかなくなり、常に光源を気にしながらの撮影となるだろう。
さらに白熱電球やタングステン球の光のように波長が長い光源では、ホワイトバランスが補正しきれない状況も出てくる。赤をメいっぱい引いても、引ききれないほど赤が強かったら…、当然色が崩れてしまう。

(3)はいわずもがな。改造品なのでメーカー保証は受けられなくなる。また、天体写真専用なので、数々の最新機能のほとんどが意味をなさなくなる。なにしろ使うのはバルブ撮影だけなのだから。

ここまで書くと「お前は改造デジカメが嫌いなのか」と思うかもしれないが、そういうわけではない。天体写真を撮るならば、改造デジカメの威力は絶大だと断言できる。
天文誌では新型デジカメが出ると、試写をして写り具合を評価している。赤い散光星雲の写り具合も言及しているが、Hαの撮影対象の多くは、いて座のM8、北アメリカ星雲、オリオン大星雲などで、これには“ちょっと待った”といいたい。
天体写真ファンが求めているのは、銀塩ポジであるE100SやE200と同程度の赤の写りである。
ケフェウス座のIC1396、ぎょしゃ座のIC405(勾玉星雲)、カリフォルニア星雲は、E100S, E200ではサラリと写るが、デジカメの試写レポートでこれらの対象をストレートに写した例はあまり見ない。
M8やオリオン大星雲は純粋なHα輝線の散光星雲ではなく、色んな波長が混ざり合っている。ノーマルD70でもいとも簡単に写る。


■撮り比べてみる

そこで改造デジカメとノーマルデジカメで、淡い散光星雲の写りがどの程度違うのか試してみることにした。
本来ならば同じモデルのノーマル品と改造品を揃え、同じ鏡筒で同時に同露出で狙うべきだが、自分の私財では到底無理なので可能な限り合わせるに留まった。
ノーマルデジカメがD70、改造デジカメがKiss Digitalを用いた。撮影に使った望遠鏡はタカハシFSQ106とペンタックス125SDP(+レデューサ)と異なるが、F値を同じにしたので比較はできるはずだ。

改造Kiss Digital ノーマルD70
まずは北アメリカ星雲。Hα輝線の散光星雲だが、輝線が強いためにノーマルでも簡単に写る。散光星雲の色が違うのはIRCフィルタの特性の違いから来るものか。
ノーマルのD70でも写りは弱いものの、十分鑑賞に堪えることが分かる。
ただ、画像処理は改造Kissの方がはるかに楽。結果的に散光星雲のコントラストも高く、階調も豊かだ。赤の肉ノリがいいからだ。

改造Kiss Digital ノーマルD70
お次はカシオペアにあるIC1805。焦点距離800mm+銀塩中判では、隣にあるIC1848(通称「出目金」)とセットで撮られることが多い散光星雲だ。
北アメリカとは比較にならないほど淡いのでノーマルのD70ではかなり辛かった。何とか画像処理で持ち上げてみたが、S/Nの悪すぎて使いものにならない(クリックして拡大してみてください)。
ケフェウスのIC1396もこの程度だと思われる。左の改造Kissに匹敵する画像を得るためには、後述するHαフィルタによる撮影や多数枚のコンポジットなど、工数の増大は覚悟しなければならない。
左側の改造Kissは十分に写っており、広さでは敵わないものの、デジカメならではの分解能で中判銀塩を圧倒する迫力がある。
大きさが違うのはD70がf=616mm、改造Kissはf=530mmで撮影したからだ。

改造Kiss Digital ノーマルD70
次はオリオン座の右下、リゲルのすぐ右に見える青い散光星雲だ(通称「魔女の横顔」)。
Hα輝線ではないが淡い散光星雲という例で挙げた。改造KissもノーマルD70もさほど違いはない。Hα以外の対象では、改造によるメリットはほとんど無いことが分かる。
厳密にはこの散光星雲にHα成分も含まれており、やや赤みを帯びた写りをするときもある。よほど空がよくないと描出できないが、チャレンジするなら改造デジカメが必須だ。
同様のことはM45(すばる)にもいえる。メローぺから下(南)に伸びるハケで穿いたような青い散光星雲が、やや赤みを帯びているのを見たことがあるかもしれない。

改造Kiss Digital ノーマルD70
最後は、ぎょしゃ座のIC405(通称「勾玉星雲」)。
これは大きな差が現れた。中心部分の青いガスはどちらも写っているが、ノーマルのD70では、Hαがほとんど写らない。勾玉らしい形もうっすら分かる程度だ。これでもかなり強め目にトーンカーブ補正を行い、淡い部分を持ち上げたつもりだ。
上のIC1805よりもさらにシビアな対象ということがわかる。E200あたりだといとも簡単に写るのだが…。
一方、改造Kissの方は勾玉の全容も容易にわかり、炎のように入り組んだ上部の構造も写し出すことに成功している。
ノーマルでこのレベルまで持っていくには、それなりのフィルタワークと画像処理テクニックを駆使しなければならないだろう。



■コンポジットで“赤”を重ねる

ノーマルのまま、赤い散光星雲をうつすにはどうすればいいのだろうか。
ノーマルのデジカメは、内蔵のIRCフィルタにより、656nm付近の光は25%程度しかCCD素子に到達しない。赤は青と緑の1/4しかないことになり、単純にRGBを均等にしようとするのはどうしても無理がある。10分露出したところで、2分30秒ぶんの光しか取り込めないからだ。


そこで、ちょっとした技巧を凝らす。普通に撮影した画像とフィルターを付けてHαのみを撮影した画像を合成するのだ。理屈は上の図のような感じ。
赤の成分がHαのみだとすれば、普通に撮影すると緑や青の25%しかない。そこで、フィルターを付けてHαのみを撮影するときは、残りの75%ぶん、すなわち3倍の露出時間をかける。
画像処理段階で、Photoshopを使って赤プレーンを加算すれば、25+75=100%になるというわけだ。実際、この方法を使えば淡い散光星雲も改造デジカメ並みに写る。

ただ、この方法にはいくつかの問題がある。

(1)赤だけ露出時間が長いため、S/N比が一致しない。
(2)Hαのみを透過する干渉フィルタはほとんどない。またはあっても高価。Hαの透過率は100%ではなく70〜90%。透過率25%がさらに下がってしまうため、実際は3倍どころか4倍、5倍の露出が必要。
(3)Fの明るいカメラレンズには有効だが、望遠鏡を使った直焦点ではピントが合わせづらい。

(1)は至極当然。3倍の露出を行うとS/N比が約1.7倍向上するが、S/Nの悪い25%の画像と加算するのでややこしいことになりそうだ。
もし、拙作のRAPでダークを引くのであれば、ノーマル撮影用とHα撮影用の2セットのダークライブラリを用意しなければならない。

(2)Hαの干渉フィルタは、かつていくつかのショップや天文ガイドが販売していたが、今は売っていない(2004年10月)。フィルタワークにより写っている作品を見て、自分もマネしようとしてもそれは敵わぬ夢なので注意が必要だ。

赤外カットフィルタは700nmより短い波長(左側)しか通さない。R64やSc64は640nmより長い波長(右側)しか通さない。2つのフィルタにより左右からHαを挟み込むことで、Hαのみを透過させるフィルタになる。
そこで、手軽な代用としてよく使われているのが、R64と赤外カットフィルタ(IRブロック)を組み合わせる方法だ。赤外カットフィルタは天文ショップでも扱っているが、光害カットフィルタ「LPS-P1/P2」でも代用できる。バンド幅は広いものの(約60nm)、ほぼHαのみを透過するプチ・バンドパスフィルタになる。
なお、R64の透過率は70%程度だが、同様の特性を持つSc64フィルターは90%近い透過率を持つので、最近はこちらを使う人も増えてきた。ただし、ペラペラのフィルターなので、装着には各自工夫が必要である。


(3)Hα干渉フィルタやR64フィルタは、人間の目の感度が低いHαしか透過しないので強烈に暗い。これでピント合わせを行うのは至難の業といえる。
カメラレンズならば、フィルタは対物レンズの前に取り付けるため、フィルターの有無でピントは変化しない。つまり、フィルタ無しの明るい状態でピントを合わせておき、撮影時になってHαフィルターを付ければよい。
しかし望遠鏡の場合、カメラマウントの前後に取り付けるのが普通で、これだとフィルタの有無でピントが変動する。キッチリとピントを出すためには、暗いフィルターを付けた状態で調整するか、Hαフィルターと同厚の透明ガラスのフィルタを使うといった裏技が必要になる。

これらの壁をクリアしたとしても、Hαの露出には、ノーマル露出の3〜5倍の時間をかけなければならない。逆をいえば、ノーマル露出はHαの1/3〜1/5しか露出できないということでもある。例えばノイズが少ないカメラがあって、頑張れば30分まで露出できるとしよう。Hαフィルターの透過率も100%ととする。そのHαに限界の30分露光を行うとすれば、ノーマル露出にかけられる時間は10分までとなる。
これ以上ノーマル露出に時間をかけると、GとBが強くなり、カラーバランスが補えきれない。
改造デジカメならば、30分まるまる露出できるわけで、画質の差は歴然だろう。

結局、この方法はFの明るい光学系(≒カメラレンズ)でしか使えない。となると、焦点距離はせいぜい300〜400mmだろう。
画角的には、800mm〜1000mmの望遠鏡で撮影した中判銀塩とほぼ同じだ。
600万画素程度では中判ポジの解像度に勝てないのはいうまでもない。


25%しか通さないモノを無理矢理積み重ねるより、100%通すようにした方が素直ではないだろうか。



■どちらを選ぶか

メリットとデメリットを考えると、何を撮りたいかで決まってくるといえるだろう。
Hαの散光星雲は諦めて惑星状星雲や系外銀河に限ると割り切るのであればノーマルで十分だ。彗星もノーマルで問題なく撮れる。
北アメリカ星雲のように明るい散光星雲ならば上のように写るが、もしフォトコンを狙っているならば、改造デジカメを上回って入選するのは難しいだろう。
しかし、一般撮影を思う存分楽しめる。カメラの性能の全てを使うことができる。
購入時にあたって家族の理解が得られやすい(笑)。

フィルタワークを駆使してHαを狙うのであれば、明るいカメラレンズを持っていることが前提になる。200mm/F2.8や300mm/F2.8が理想だ。この焦点距離だとかつて主流だった800mm+銀塩中判とほぼ同じ画角なるため、メジャー天体を見慣れた構図でたくさん撮れ、それはそれで楽しい。
しかし、先に述べたように600万画素程度では中判ポジの解像力には及ばないので、そのあたりは諦めが必要だ。

一方、改造すると一般撮影はできないと思った方がよく、アストロカメラとの割り切りが必要だ。高性能な測光、AF、ブラケティング、高速連写などの機能はまったくの無用の長物となる。銀塩のアストロカメラと違って、“元からある機能を殺す”ことから、改造には前向きになれない人もいるだろう。
しかし、焦点距離の長い望遠鏡に取り付けて赤い散光星雲をクローズアップで撮れる楽しさは、銀塩やノーマルデジカメでは得られないものがある。
同じ焦点距離ならば、分解能は中判ポジを圧倒するため、星雲の微細構造を写し取ることも可能だ。

こうしたことを踏まえた上で自分のオススメを述べさせてもらうと、これから急激に市場に出回るであろう中古のKiss Digitalを購入し、それを改造するのが良策ではないだろうか。もちろん、一般撮影は考えないでアストロカメラとして割り切ればよい。
2004年10月現在、Kiss Digitalの中古は6〜7万で手に入る。これを改造すれば15万程度で収まる。ショップオリジナルの中判アストロカメラとほぼ値段は同じだ。いや、望遠鏡との接続アダプターが不要な分、こちらの方が安上がりかもしれない。




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